21世紀初頭にドイツの新しい作家映画として注目された「新ベルリン派」。20年を経て彼らは現在ドイツを代表する映画監督となり、それぞれ妥協のない個性的な作品を発表し続けている。そこで本特集では日本でも著名なクリスティアン・ペッツォルトの知られざる初期テレビ映画『死んだ男』と、日本ではまだ知られざる映画作家アンゲラ・シャーネレクの新作『家にはいたけれど』を中心的に上映し、彼らのスタイルや近年の動向についてのレクチャーおよび対談を行う。これらの作品は現代ドイツ作家を招いてトークするシリーズ ImApparat(主催:慶應技術大学准教授アンドレアス・ベッカー)の特別回として、今年10月と11月にアテネ・フランセ文化センターでそれぞれ監督のトーク付きで紹介されたものである。
渋谷哲也(日本大学文理学部教授・ドイツ映画研究者)
家にはいたけれど Ich war zuhause, aber…
2019年/セルビア・ドイツ/105分
脚本・監督:アンゲラ・シャーネレク 撮影:イヴァン・マルコヴィッチ
出演:マーレン・エッガート、ヤーコプ・ラサール、クララ・メラー、フランツ・ロゴフスキ
シャーネレク監督の最新作。2019年ベルリン映画祭コンペで銀熊賞(監督賞)を受賞した。タイトルは小津安二郎の『生まれてはみたけれど』に強いインパクトを受けてつけられた。実際に映画の内容も小津作品と共通する子ども主軸の家族譚であり、そこに文学テクストの引用とゴダール流の鋭い映像表現を加えて独自の美学を確立している。また本作は現代のベルリンのさりげない表情を巧みに捉えた映像集としても印象深い。
ベルリン在住のアストリッドはシングルマザーとして2人の子どもを育てていた。ある日13歳のフィリップが失踪し1週間後に戻って来たが、その経緯を何も語らない。アストリッドも学校の教員もどう対処していいか分からず、それまで自明と思われていた生活が次第に不確かなものとなってゆく。映画ではこの大きな事件のその後を様々な局面で切り取って提示し、そこに生徒たちが演じる『ハムレット』の場面が挿入される。
はかな(儚)き道 Der traumhafte Weg
2016年/ドイツ/86分
脚本・監督・編集:アンゲラ・シャーネレク 撮影:ラインホルト・フォアシュナイダー
出演:ミリアム・ヤーコプ、トアビョルン・ビョルンソン、マーレン・エッガート、フィル・ヘイズ
シャーネレク映画は物語の流れを劇的に切断する飛躍を特徴とする。『マルセイユ』ではヒロインのフランスでのヴァカンスが唐突にベルリンの冬へと移行し、『オルリー』では空港に集まった人々が互いに全く関わり合うことなくドラマを展開する。そして『儚き道』は彼女の作品中で最も謎めいて難解なものだ。まさに夢の論理に従いながら人生の無常さと儚さを断片の連なりとして紡ぎ出してゆく。
1984年一組の男女が路上で歌い、ギリシャの変化を見つめる。やがて男の母が事故で重篤となり、男は重大な決断をする。そして舞台は30年後のベルリン、学者と女優の夫婦が離婚の局面を迎える。人生はまるで夢のように唐突に変化し、はかなく過ぎてゆく。
東ベルリンから来た女 Barbara
2012年/ドイツ/105分
監督・脚本:クリスティアン・ペッツォルト 撮影:ハンス・フロム
出演:ニーナ・ホス、ロナルト・ツェアフェルト、ヤスナ・フリッツィ・バウアー、マルク・バシュケ、ライナー・ボック
日本で初めて劇場公開されたペッツォルト映画であり、今も彼の作品中で極めて人気の高い一作。旧東ドイツからの難民の両親の元で育ったペッツォルトにとって、壁の向こうの東独は時折訪れるれ不思議の国だった。その独特の肌感覚や人々の物静かな佇まいなどドキュメンタリー的に再現され、しかもそれが洗練された映画的表現へと昇華されている。本作でペッツォルトはベルリン映画祭銀熊賞(監督賞)を受賞した。
自由と使命に揺れるひとりの女性を描く重厚な人間ドラマ。1980年、ベルリンの壁崩壊の9年前__。田舎町の病院に左遷された女医師バルバラ。 監視が付き、自由を奪われた彼女の唯一の心の支えは、医師としての信念だった。西ドイツへの逃亡(自由)か、医師としての誇り(使命)か、彼女が下した魂の決断とは。
【特別上映】
死んだ男 Toter Mann
2001年/ドイツ/88分
脚本・監督:クリスティアン・ペッツォルト 撮影:ハルーン・ファロッキ
出演:ニーナ・ホス、アンドレ・M・ヘニケ、スヴェン・ピッピヒ
日本未公開作『死んだ男』は、・ペッツォルトの劇場映画デビュー作『治安』に続き、B級映画、ヒッチコック、そしてドイツの犯罪映画への大いなる敬愛をこめて製作された初期のテレビ映画。主演ニーナ・ホスは本作がペッツォルトとの初顔合わせとなった。以降ホスはペッツォルト映画のミューズとなってゆく。また、映画アカデミーの師ハルーン・ファロッキとの共同脚本作業の始まりでもあり、本作のシナリオは4週間で書き上げられた。
物語は水泳プールで泳ぐレイラと、即座に彼女の虜になったトーマスの出会いから始まる。二人は偶然にしてはできすぎた再会を重ね、やがてトーマスはレイラを自宅に招く。翌朝彼女は忽然と姿を消し、弁護士であるトーマスのメモ帳も消える。次にレイラが姿を現したのは14年の刑期を終えて出所を目前にしたミヒャエルのいる刑務所だった。その彼の弁護を担当したのがトーマスだった。レイラの真の目的を知ったトーマスは、彼女への愛を確かめるべくレイラを追う。
【作家プロフィール】
アンゲラ・シャーネレク
Angela Schanelec
1962年、バーデン=ヴュルテンベルク州アーレンに生まれる。1982年から1984年にフランクフルトで俳優になるために学び、その後1991年までケルン、ハンブルク、ベルリン、ボーフムなどドイツ各地の劇場の舞台に立つ。1990年から五年間、ベルリンのドイツ映画テレビアカデミーに学び、95年から独立映画監督として活動を始める。2005年に自身の映画会社を設立する。2012年から現在までハンブルク造形大学の教授を務める。
ベルリンのアカデミー時代から短編映画を発表し、1998年の長編デビュー作『都会の場所』はカンヌ映画祭「ある視点」部門で上映された。2004年作『マルセイユ』は、ドイツ映画批評家賞脚本賞を受賞、2007年作『昼下がり』はアルバ国際映画祭監督賞を受賞した。ドイツの映画監督13名による短編オムニバス映画『ドイツ09』(2009) では最初のエピソードを監督している。無駄を排したミニマルな手法はアントニオーニ、アケルマン、ブレッソンらと並び称される。
クリスティアン・ペッツォルト
Christian Petzold
1960年、ヒルデン生まれ。ベルリン自由大学でドイツ語と演劇を学んだ後、ベルリン・ドイツ映画テレビアカデミーに学び、ハルーン・ファロッキやハルトムート・ビトムスキーらの助監督を務める。テレビ映画の演出を手掛けた後、商業映画第一作『治安』(2000)を監督。『治安』はドイツ本国で10万人の観客を動員。 ドイツ映画賞最優秀賞を受賞し、一躍ドイツを代表する映画作家の一人となる。その後、『治安』と「幻影三部作」を構成する『幻影』(2005)『イェラ』(2007)等を発表。新しいドイツ映画を象徴する「ベルリン派」の中心的作家として、国際的な注目を集める。ニーナ・ホス主演で『東ベルリンから来た女』(2012)、『あの日のように抱きしめて』(2014)を発表し、名実ともにドイツを代表する監督となる。近作ではパウラ・ベーアが主演をつとめ、新作『レッド・スカイ』は森林火災が主題となっている。
企画:渋谷哲也、出町座
協力:Deutsche Kinemathek、ゲーテ・インスティトゥート東京、アテネ・フランセ文化センター、アルバトロス・フィルム