ドイツ映画研究者・渋谷哲也さんによるナチス映画をめぐる特集上映。
プロパガンダにはじまり、戦争責任の追及、悪のイコン、表象不可能性の問題を経て、
ナチス表象はいま新たな段階を迎えている。
近現代における人類の最大の負の遺産とも言えるナチスの表象から、
我々は何を学ぶことができるのか。
2019年春から初夏にかけてのベルリンで『ナチス映画論』を執筆した。
かつて第三帝国の首都だったこの場所は、一見すると観光客の溢れる普通の大都市だが少し目を凝らすとヒトラーとナチ時代の歴史を刻み付けた様々な事物に出会う。
ベルリンは天使よりそれ以上に死神の住まう場所かもしれない。
だからナチスとホロコーストはけっして過ぎ去ることはない。
過去として気軽に扱うことのできないテーマだという事を思い知る。
今回の特集上映では、今までとは違ったスタイルで映画と時代の関係性の新しい読みを試みたいと思う。すなわち、時代や制作環境の違う映像と声をコラージュ的に対置すること。
2プログラムでは長編と短編を組み合わせ、とりわけホロコーストについての多面的な理解をもたらしてくれる作品を取り上げた。
もう1つのプログラムでは、ナチスのプロパガンダにもっとも貢献した映画作家に焦点を当て、その作品と人生語りに対して、映像と本人の証言がひた隠しにしてきた歴史の深層に切り込むべく、ライブ解説を加えることにした。
かなり盛りだくさんのプログラムとなったが、まだまだ扱うべき映画は数多くある。
ナチス映画特集の序盤戦としてぜひお付き合いいただきたい。
渋谷哲也
【上映作品】
『夜と霧』&『スペシャリスト 自覚なき殺戮者』
『リアーネ・ビルンベルクの工房と彼女の父ダーヴィット・バルフ・ビルンベルクの物語』&『ヒトラーを欺いた黄色い星』
『レニ』
夜と霧
1955年/32分/フランス
原題:NUIT ET BROUILLARD
監督:アラン・レネ
音楽:ハンス・アイスラー
『二十四時間の情事(ヒロシマ・モナムール)』『去年マリエンバートで』のアラン・レネ監督による
映画史上の傑作ドキュメンタリー。戦後廃墟となったアウシュヴィッツ収容所を捉えるカラーフィルムと、
戦時中のモノクロの劇映画・ニュースフィルム・写真が交互に往還するコラージュの手法でナチズムの残虐を
冷徹に記録するとともに、その記憶の痕跡が戦後10年経たずに歴史に埋もれつつあることを警告する。
レニ
1993年/188分/ドイツ・ベルギー合作
原題:Die Macht der Bilder: Leni Riefenstahl
監督・脚本:レイ・ミュラー
出演:レニ・リーフェンシュタール
ナチスのプロパガンダ映画『意志の勝利』、1936年ベルリンオリンピックの記録映画『民族の祭典』『美の祭典』など、
史上最も成功したプロパガンダ映画を撮ったレニ・リーフェンシュタールが自身の過去を語るドキュメンタリー映画。
撮影当時リーフェンシュタールは90歳であり、彼女の情熱的な自己アピールと、
本作の監督レイ・ミュラーの冷静かつ客観的な観察が絶妙なバランスを生み出している。
スペシャリスト 自覚なき殺戮者
1999年/123分/イスラエル・フランス・ドイツ・オーストリア・ベルギー合作
原題:Un specialiste, portrait d’un criminel moderne
監督:エイアル・シバン
出演:アドルフ・アイヒマン
ユダヤ人国家イスラエルが南米のアルゼンチンに逃亡潜伏していたナチスの親衛隊中佐アドルフ・アイヒマンを拘束し、
同国の法廷で裁いた”アイヒマン裁判”の記録映像を再構成した傑作ドキュメンタリー。
ユダヤ人収容所移送の責任者としてアイヒマンが技術的能力と専門知識に長けた存在であることを示すと同時に、
法廷で「自分は上司の命令に従っただけ」とひたすら主張する官僚的メンタリティを浮き彫りにする。
リアーネ・ビルンベルクの工房と彼女の父ダーヴィット・バルフ・ビルンベルクの物語
2007年/38分/ドイツ
原題:Liane Birnbergs Werkstatt und die Geschichte ihres Vaters David Baruch Birnberg
監督:レナーテ・ザミ
*日本語版上映
画家リアーネ・ビルンベルクのアトリエには彼女が路上で拾ったものから作り上げたユニークなオブジェが並んでいる。
そこに彼女の父ダーヴィットの過去の体験談が朗読される。彼女の父はユダヤ人として故郷ルーマニアを追われ、
強制収容所を転々としながらナチ体制下を生き延びた。オリジナルはドイツ語での朗読だが、
今回は2014年ザミ監督来日に合わせて特別に作成した日本語ナレーション版を上映する。
ヒトラーを欺いた黄色い星
2017年/110分/ドイツ
原題:Die Unsichtbaren
監督:クラウス・レーフレ
出演:マックス・マウフ、アリス・ドワイヤー
ナチス時代のドイツ、ベルリンでユダヤ人弾圧が日増しに厳しくなってゆく中、身分を隠しながら生活し、
秘密警察ゲシュタポの捜査や監視の目をすり抜けて終戦まで生き延びた約1500人のユダヤ人がいた。
彼らのうち4名のインタビュー映像と共に、スリリングな再現映像によりこれまでは
表向き語られなかったユダヤ人と彼らを助けたドイツ人たちの関係を描き出した野心作。
【書籍紹介】
『ナチス映画論──ヒトラー・キッチュ・現代』
本体3000円(+税)
渋谷哲也・夏目深雪[編]
A5判/328頁
【目次】
前書き──二一世紀に増殖するナチズム=渋谷哲也
[I ETHICS – REPRESENTATION]
01 現代の映像環境とナチス映画──ゾンダーコマンドとヒトラーはどこを歩くのか=夏目深雪
02 ホロコースト表象の転換点──『サウルの息子』の触感的経験をめぐって=田中 純
column フェイク/リアルは相反するのか──『帰ってきたヒトラー』=森 達也
03 キッチュで殺せ──ナチス・映画・小市民=生井英考
column ハイル、タノ! 我が生徒たちとのファシズム体験=田野大輔
[II HITLER – GERMAN STUDIES]
04 ナチス時代のドイツ人=田野大輔
05 戦後ドイツにおけるヒトラーの表象──悪魔からコメディアンへ=高橋秀寿
06 ナチスvsニュージャーマンシネマ=渋谷哲也
column 壁の向こうの反ナチ映画──ドイツ民主共和国(東ドイツ)が描いたナチ時代=渋谷哲也
[III AFTERMATH – OTHER COUNTRIES ? THEATER]
07 石鹸と沈黙──イスラエル映画に見る生還者の表象=四方田犬彦
column ジャン=ピエール・メルヴィルの映画とナチス──「待つこと」をめぐって=野崎 歓
08 アイヒマンの同郷人──ピナ・バウシュとナチズムの影=鴻 英良
column クリストフ・シュリンゲンジーフとヒトラー──欲望と注視の再分配=古後奈緒子
後書き──映画批評は生きているのか=夏目深雪
ナチス映画50