アメリカ黒人映画傑作選 Masterpieces of Black American Cinema

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2025/5/30(金)-

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創成期以来、白人中心の映画業界、ハリウッドのなかで、せまい固定観 念や侮辱的なステレオタイプへ反発、人権の向上のためにたたかい続けてきたアフリカ系アメリカ人の映画監督たち。スパイク・リーや昨今ではジョーダン・ピール、バリー・ジェンキンスなどの活躍もみられるものの、残念ながら映画史のなかで正当に評価、紹介されることのなかった「黒人映画」は多い。今回特集するのは画一的な〈黒人映画〉のイメージを打ち破るような、 市井の人々の営み、女性たちの眼差しや活き活きとした姿をとらえた、注目されるべき驚嘆の才能をもつ監督たちの知られざる三作品。どうぞこの貴重な機会を逃されませぬよう。

 


 

©1982 Kathleen Collins, Courtesy of Milestone Films and the Kathleen Collins Estate

ここではないどこかで

監督・脚本:キャスリーン・コリンズ 出演:セレット・スコット、ビル・ガン
1982年/USA/86分 原題:Losing Ground

大学で哲学を教えるサラは、画家の夫ヴィクターとニューヨークに住んでいる。夏の間、リゾート地で創作活動に専念したいと言い出すヴィクターに対し、論文執筆のため街に残りたいサラだったが渋々付き合うことに。しかしヴィクターは現地の女性にちょっかいを出し、サラは腹いせに教え子から頼まれていた自主映画への出演を決めてしまう。アフリカ系女性監督による最初期の長編映画。正式公開には至らず、製作から6年後に監督のキャスリーン・コリンズは逝去。2015年に修復され上映を果たし、映画評論家のリチャード・ブロディが「ニューヨーカー」誌で「この映画が当時広く公開されていたら、映画史に名を刻んでいただろう」と評するなど絶賛された。エリック・ロメールを思わせるような軽妙かつ洗練された語り口で、男女の機微を活き活きと描く。
 


 

©1983 Billy Woodberry, Courtesy of Milestone Films and Billy Woodberry

小さな心に祝福を

監督:ビリー・ウッドベリー 出演:ネイト・ハードマン、ケイシー・ムーア
1984年/USA/80分 原題:Bless Their Little Hearts

ロサンゼルスのワッツ地区で暮らす失業者チャーリーは3人の幼い子を養うため、職探しの毎日。日雇いの仕事にありつければまだマシな方、なかなか金を稼ぐ手立てが見つからない。妻のアンダイスは夫の不甲斐なさに半ば諦め顔、家計のやりくりに苦心しながら家事に忙殺されストレスがたまる一方。そんな中、チャーリーの浮気が発覚、ついにアンダイスの怒りが爆発する。貧困地帯を舞台に、黒人家族の過酷な日常を抑制の効いたモノクロ映像で丹念に追う。監督は〈L.A.リベリオン〉の中心人物の一人、ビリー・ウッドベリー。脚本と撮影を“最も偉大な黒人監督”と評されるチャールズ・バーネットが手掛けている。Rotten Tomatoesで100%の支持率を獲得。10分近く長回しで捉えたキッチンでの夫婦喧嘩は壮絶の一言。
 


 

Images Courtesy of Park Circus/The Cohen Film Collection

海から来た娘たち

監督・脚本:ジュリー・ダッシュ 出演:コーラ・リー・デイ、バーバラ O ジョーンズ
1991年/USA/112分 原題:Daughters of the Dust

1902 年、アメリカ大西洋沖シー諸島のある島。長年住んだ故郷を離れ、北への移住を決めたぺザント一族だった が、長老のナナは亡き夫が眠るこの地に残ると言い張る。それぞれの思惑が交錯する中、いよいよ島を出る時が来た。これから生まれてくる子供のモノローグで綴られる、ガラ族の女系家族の物語。虐げられても失わなかった高貴な魂と誇りを、詩的な映像美 で高らかに謳いあげる。黒人女性監督による初めて公開された長編映画で、2016 年にリリースされたビヨンセのアルバム『レモネード』が本作に 多大な影響を受けていることから注目が集まり、2022 年にはサイト&サウンド誌「史上最高の映画ベスト 100」の 60 位に選出されるなど、今も語り 継がれる名作。1991 年のサンダンス映画祭で撮影賞を受賞。

 


 

「沈黙が破られるとき」

これは大事件だ!待ちに待った珠玉の黒人監督のフィルムが公開される。
1980年代から90年代初頭に台頭した黒人インディ映画はスパイク・リーだけではない。 キャスリーン・コリンズ、ビリー・ウッドベリー、ジュリー・ダッシュ。彼らは、わたしたちが今まで目にしたことのなかった黒人女性たちの現実、愛や戸惑い、怒りや傷、歴史やファンタジーを三者三様の作風による独自の魅力に溢れた映像世界で展開する。
LAリベリオンとして知られるチャールズ・バーネットが脚本とカメラを担当したウッドベリーの映像は、例えばジョン・カサヴェテスに近い。フランスに留学していたコリンズは自己言及的な語りや演出、またカメラの使い方にヌーヴェル・ヴァーグの影響が見られる。そして、ダッシュはアフリカ系のルーツを模索し、黒人文化や歴史の美学と詩的な語り映像化を試みる。
1980年代初頭のニューヨーク州、1970年代のLA南部ワッツ地区、1902年のアメリカ南部シー諸島を舞台に、堅物の哲学教授がカメラの前で踊るとき、苦しい暮らしの中で妻が失業中の夫に本音で怒りをぶつけるとき、一族の娘が奴隷制の負の歴史ではなく未来を見てと叫ぶとき、沈黙を破る女たちの力強い姿を捉えるカメラのエンパワーメントと映像の真正さにわたしたちは圧倒され、新たな映画に出会えた喜びを味わうのだ。

斉藤綾子(明治学院大学教授)