ドイツ映画の黄金時代は第一次大戦後1920年代からナチス政権誕生までの30年代初頭だといわれる。多くの才能ある監督たちはドイツで名作を発表した後、よりよき製作環境を求めてアメリカやフランスに活動の場を移した。だが映画は予算と技術スタッフだけで完成度が保証されるわけではない。ムルナウ、ラング、パプストのフィルモグラフィを見る時、やはり深遠な魅惑を宿しているのはドイツの悪魔・悪霊(デーモン)に囚われた時代の創造物であることは明らかだ。それは『カリガリからヒトラーへ』(クラカウアー)と『デモーニッシュなスクリーン』(アイスナー)に象徴される、戦争とファシズムの不穏な予兆に満ちた時代でもある。(text by 渋谷哲也)
ファウスト Faust – Eine deutsche Volkssage
1926年/ドイツ/サイレント/106分
監督:F・W・ムルナウ 脚本:ハンス・カイザー
出演:エスタ・エクマン、エミール・ヤニングス
ゲーテによる戯曲が有名だが、本作では基になったドイツの伝説と20年代映画のトレンドを統合して、神秘主義と群衆の力学が拮抗するメルヘンを生み出している。老学者ファウストは悪魔メフィストとの契約で若さを獲得し美しいグレートヒェンと出会うが、そこには大きな罠があった。
パンドラの箱 Die Büchse der Pandora
1929年/ドイツ/131分
監督:G・W・パプスト
出演:ルイーズ・ブルックス、フリッツ・コルトナー
ヴェーデキントの戯曲『地霊』『パンドラの箱』二部作は、天使であり悪魔のようなルルの魅惑に惹きつけられ破滅してゆく男女の運命を描き出し、神話的な背景に現代風俗劇を展開する。ルイーズ・ブルックス演じるルルはまさに映画史上の伝説となった。
M M – Eine Stadt sucht einen Mörder
1931年/ドイツ/109分
監督:フリッツ・ラング
出演:ピーター・ローレ、オットー・ベルニッケ
ドイツ時代フリッツ・ラングの傑作は、ラング映画の定型である美女とロマンスの要素を全く含まない犯罪者と警察の知恵比べが延々と展開する社会観察映画である。トーキー初期ゆえの音声と台詞の実験的な使用法も興味深く、犯罪者の罪と罰を扱う物語は今でもアクチュアルさを失わない。
企画:渋谷哲也、出町座
映像提供:ゲーテ・インスティトゥート東京