かつて夏の光は
もっと寡黙で
もっと雄弁だった。
【コメント】
「昨日あべちゃんの夢をみたよ」その人は帰り際突然言った。昼間私が出演している映画を観たせいだろうとも言った。やべえ。人の記憶に残っていくということは異なもの、おそろしいことだ。でも必死で残ろうと、すこしでも良く残ってくれればいいと願う。夢に私が出てきたというその人は、もうこちらにはいないので、どんなだったか聞くことはできないし、次の作品をみてもらうこともできないのだけど、これからは、『静謐と夕暮』を観たこれからは、光る草むらの中に、電車が川を渡る窓に、音に、振り向いたそのさきに、自分がみた夢でもないのに何度でもその時のことを、何度でもそのまま思い出せばいいんだ。と、学びました。
──地点/俳優:安部聡子『嵐電』『ドライブ・マイ・カー』
誰かの記憶を映しているかのような不思議な気持ちになりました。日常にあったかもしれない、これからの日常にもあるかもしれない。そんな景色が広がっていました。
──写真家:染谷かおり
緊張感を持ったこれらの映像の一つひとつと遭遇するあなたは、いつしか自分の内なる記憶と対峙することになる。
──写真家:中山博喜
【イントロダクション】
2020年度サンパウロ国際映画祭にて上映。主人公・カゲを演じるのは新人の山本真莉。カゲが出会うキーパーソン・老人を演じるのは入江崇史。「大切な人が生きていた頃の記憶が時間と共に薄れていき、過去を失ってしまうようなモヤついた感覚に陥った」という監督自身の経験が、かつてのあの感覚の正体を追い求め、「人を想うこととは何か」を突き詰めていく作品へと結実。本作は、カゲが原稿に書き記していった「かつて」の時間と、その原稿を読み進める人々の「今」の時間が並行する世界を、記憶の断片のような象徴的な色や映像、そして音といった言語化できないイメージで紡いでいくことで、カゲが今は亡き大切な人を忘れていく自分を受け入れ、再び日常へと戻っていく過程を描く。覚えていることとは。生きていくこととは――。本作は、終わらない問いを、静かに切実に観客へと投げかけていく。
【あらすじ】
人気のないアパートに一人住む物書きの〈カゲ〉は、 いつも両親と通った川辺の夢を見る。
その夢で見た景色を追って、今日も川辺に向かうと、黄色い自転車と座る男を見た。男は、〈カゲ〉の隣室に越して来た人だった。夜な夜な隣室から聞こえるピアノの音を漏れ聞くうちに、その男の生態が気になり、毎朝、黄色の自転車に乗って出ていく彼の後ろを追いかけ、この日々を原稿にしたためはじめた。
そんなある日、黄色い自転車の男が失踪する。
〈カゲ〉は川のほとりに居座る老人の手に書き終えた原稿を託して、この街を去っていく。
吹く風に吸い寄せられるように、街の人々は川辺を訪れ、一人また一人と原稿へと手を伸ばす。静謐に満ちた夏の終わりの夕暮が、それぞれの新たなはじまりを告げる。
【監督プロフィール】
梅村和史
1996年生まれ。岐阜県出身。高校時代、『博士の異常な愛情』(スタンリー・キューブリック監督)に出会い、いつかこれを超えるかっこいいものを作りたいと思い、映画の道に進む。初監督作品は『つたにこいする』(2018)。監督の他、音楽制作にも力を注いでおり、1月22日より京都みなみ会館にて上映される『ROLL』『忘れてくけど』をはじめ村瀬大智監督全作品の音楽を手がけている。本作『静謐と夕暮』は初の長編監督作品。
2021年/日本/136分
出演:山本真莉、延岡圭悟、入江崇史、石田武久、長谷川千紗、梶原一真、仲街よみ、野間清史、ゆもとちえみ、栗原翔、和田昂士、岡本大地、石田健太、福岡芳穂、赤松陽生、吉田鼓太良、南野佳嗣、鈴木一博、中山慎悟
監督・脚本・撮影:梅村和史 主演・制作・美術:山本真莉 プロデューサー・録音・編集:唯野浩平