Once upon a time in Hollywood...
半世紀前に起きた、≪悪魔のファミリー≫による血みどろ残虐殺人=シャロン・テート殺害事件。
カルトの首領チャールズ・マンソンによる洗脳の果て、思考停止と狂信に陥った女たちは、
終末人種戦争<ヘルター・スケルター>へと突き進んだ。
★2018年ベネチア国際映画祭正式出品
1969年8月9日未明、『ローズマリーの赤ちゃん』(’68)で知られる鬼才ロマン・ポランスキー監督の夫人であり女優のシャロン・テートがハリウッドの自宅の居間で友人4人とともに惨殺された。妊娠八か月の身重な体はズタズタに切り裂かれ、玄関のドアにはテートの血液で“Pig”(ブタ)と書かれていた。さらに翌8月10日未明、ロサンゼルスに住むラビアンカ夫妻が同様の手口で殺害され、現場の壁や冷蔵庫には血で“Death to pigs”(ブタに死を)“Healter Skelter”(ヒールター・スケルター、綴りを間違えてしまっている)の文字が残された。これらの凄惨な事件は犯罪史上未曽有の猟奇残虐殺人として全米を震え上がらせた。69年末に逮捕されたのはチャールズ・マンソンとそのファミリー約20人。マンソンは自らをキリストの復活、悪魔とも称してヒッピーコミューンを形成、君臨していたカルト集団の首領。ビートルズの楽曲「ヘルター・スケルター」をもとにした独自の終末論は、やがて地球上に黒人が白人を皆殺しにする人種戦争が勃発、地底に身を潜めていたマンソン軍団が砂漠にある[悪魔の穴]から姿をあらわし、自身が世界の王となって黒人を自由自在に操るというものだった。この人種戦争の決行が<ヘルター・スケルター>であり、その引き金となったのがこれらの惨殺事件。そして殺人の実行犯はマンソンに盲従する二十歳前後の女たちを中心としたファミリーのメンバーだった。
本作は1969年に実際に起こったこのマンソン・ファミリーによる無差別連続殺人にインスパイアされ、マンソン・ファミリーの女性メンバーであり殺人の実行犯であるレスリー・ヴァン・ホーテン、パトリシア・クレンウィンケル、スーザン・アトキンスがいかにしてチャールズ・マンソンと出会い、洗脳と狂信の果ての殺人、そして逮捕、収監されるという負のスパイラルに堕ちていったかを描く最新作。
原作はエド・サンダースによる著書「ファミリー-シャロン・テート殺人事件」。平和的なヒッピー集団が戦闘的な殺人結社と化するまでを圧倒的な迫力で綴ったこのすさまじい犯罪ドキュメントをベースに、語りつくされた題材に新たな視点を盛り込むためにレスリー・ヴァン・ホーテンの長きにわたる獄中生活を記録したカーリーン・フェイスの著書「The Long Prison Journey of Leslie Van Houten: Life Beyond the Cult(原題)」の要素も取り入れられた。これにより監督のメアリー・ハロン、脚本のグィネヴィア・ターナーの『アメリカン・サイコ』(2000年)女性コンビは、実行犯のファミリーのメンバーにフォーカスし、残虐な殺人そのものではなく、カルト集団に参加するところから収監されるまで、主要な女性メンバー三人を中心にこの悲劇的な事件に至る過程を描き、今まで作られた数多くのマンソン関連映画作品とは異なる、マンソン事件に対する新たな見方を提示する。先に待ち受ける凄惨な出来事へと向かうマンソン・ファミリーの日常生活は、穏やかで和やかに綴られているものの、全体に重苦しく不穏であり、危険で異様な空気に満ちている。残虐で派手な殺人の演出や、新たな事実を提示するでもない本作は、世の中のどこであっても誰であっても起こり得る<洗脳・思考停止・狂信>のプロセスを描き、観る者に身近に起こり得るという恐怖を与える作品となっている。
実行犯のマンソン・ファミリーの役には、イギリスのTVシリーズ「Skins」や「ゲーム・オブ・スローンズ」のハンナ・マリー、ケヴィン・ベーコンとキーラ・セジウィックの娘ソシー・ベーコン、女優でありミュージシャンとして活躍するマリアンヌ・レンドンが扮し、チャールズ・マンソンをイギリスTVシリーズ「ドクター・フー」で知られるマット・スミスが演じている。さらにはマンソンを音楽業界に紹介してしまったビーチ・ボーイズのデニス・ウィルソン、そしてシャロン・テート殺害のきっかけとなったともいわれているドリス・デイの息子であり音楽プロデューサーであるテリー・メルチャーのキャラクターも登場、1969年に起きたこの事件への過程を再確認できる内容ともなっている。
なお、実際の主要実行犯の3人だが、スーザン・アトキンスは2009年に獄中で死亡、レスリー・ヴァン・ホーテンは22回の仮釈放申請が却下され、23回目を申請中、パトリシア・クレンウィンケルは14回の仮釈放申請却下をへて共にカリフォルニアの刑務所に今でも収監されている。チャールズ・マンソンはカリフォルニア州コーコランの刑務所に収監されていたが2017年11月19日ベイカーズフィールドの病院に運ばれ死亡した。ちなみにこれまでマンソン・ファミリーを題材にした映画作品は数多く作られてきたが、その第一作目となった『マンソン/悪魔の家族』(72年)の製作・監督をつとめたローレンス・メリックは何者かに射殺され死亡、『ヘルター・スケルター』(76年)のトム・グリース監督は作品完成の翌年に心臓発作で死亡、悪魔マンソンの呪いではないかという噂が流れた。
「ファミリー シャロン・テート殺人事件」
エド・サンダース著、小鷹信光訳、草思社文庫、本体各1200円 定価各1296円
詩人であり、ロックバンドThe Fugsのリーダーでもあった、ビート世代とヒッピー世代の架け橋となった
エド・サンダースが1971年に発表した、膨大な資料をもとに編年史的にマンソン・ファミリーを追った凄絶な犯罪ドキュメント。
2018年/アメリカ/110分/R15+
原題:CHARLIE SAYS
配給:キングレコード
監督:メアリー・ハロン(『アメリカン・サイコ』)
原作:エド・サンダース(「ファミリー シャロン・テート殺人事件」小鷹信光訳、草思社文庫、上下巻)
脚本:グィネヴィア・ターナー(『アメリカン・サイコ』)
音楽:キーガン・デウィット(『ケイト・プレイズ・クリスティーン』)
美術:ディンズ・ダニエルセン 衣装:エリザベス・ウォーン
撮影:クリル・フォースバーグ 編集:アンドリュー・ハフィッツ(『BULLY ブリー』)
出演:ハンナ・マリー、ソシー・ベーコン、マリアンヌ・レンドン、メリット・ウェヴァー、スキ・ウォーターハウス、チェイス・クロフォード、アナベス・ギッシュ、ケイリー・カーター、グレイス・ヴァン・ディーン、マット・スミス、ジェイムズ・トレヴェナ・ブラウン、ブライアン・エイドリアン