ジャン=マリー・ストローブが「戦後のドイツ映画で最も重要な映画作家」と語ったペーター・ネストラー監督作品10本を広島国際映画祭のために来日する同監督を招聘して特集上映。
広島国際映画祭関連企画 ペーター・ネストラー監督特集 “Special Feature on Film Director Peter Nestler”
(ネストラーの映画)にはブレヒトの言葉が当てはまるだろう、「自明性の塵芥の中から真実を掘り起こすこと、個別なものを目立つ形で普遍性へと結びつけること、大きなプロセスの中で特殊性を保持すること、これこそがリアリストの芸術だ。」
_____ジャン=マリー・ストローブ
【INTRODUCTION】
「ネストラーの映画は、私たちの目と耳を知性と感性を刺激してやまない」
ストローブ=ユイレが時代の狭い枠に収められない強靭な普遍性によって60年代以降の「若いドイツ映画」に大きな足跡を残したことと対照的に、彼らの盟友ペーター・ネストラーは戦後ドイツにおいて黙殺と追放の歴史に属する呪われた作家となった。だが現在ネストラーの映画を見る時、そのまなざしの真摯さ、社会観察の多重性、詩的テクストの大胆な使用において孤高の様式性を持ったドキュメンタリストを目の当たりにする。ネストラーは声高に社会の不正を告発することはない。だがその怒りの声は深く静かに秘められているからこそ、私たちの目と耳を知性と感性を刺激してやまない。
渋谷哲也(ドイツ映画研究者)
【上映プログラム】
P-1(87分)★12/1(土)12:05〜上映
『水門にて』12分/『ラインの流れ』13分/『ギリシャについて』28分/『ルール地方にて』34分
P-2 ストローブ=ユイレ関連(53分)★12/3(月)18:30〜上映
『ミュールハイム(ルール)』14分/『時の擁護(ストローブ=ユイレの記録)』24分/『アーノルト・シェーンベルクの《映画の一場面のための伴奏音楽》入門』15分
P-3(49分)*12/4(火)同志社大学寒梅館にて19:00〜上映
『外国人1 船と大砲』44分/『空洞人』5分
★本プログラム詳細は▶こちら◀
P-4(90分)★12/2(日)12:05〜上映
『北の冠』90分
P-5(85分)★12/5(水)18:30〜上映
『良き隣人の変節』85分
P-6 クロード・ランズマン関連(102分)★12/6(木)、7(金)18:30〜上映
『ソビブル、1943年10月14日午後4時』102分
【上映作品】
『水門にて』Am Siel (1962)
12分/デジタル/日本語字幕
監督:ペーター・ネストラ―
撮影・編集:クルト・ウルリヒ、ペーター・ネストラー
海辺の小さな村、古くからある水門が語り始める。「私の物語は水と泥にまみれ、その泥が左右に陸地を生み出した。」即物的だが力強いモノクロ映像と詩的なモノローグによって構成されたネストラーの監督デビュー作。ストローブ=ユイレやトーメよりも早く新しいドイツ映画の幕開けを告げた。
『ミュールハイム(ルール)』Mülheim/Ruhr (1964)
14分/デジタル/日本語字幕
監督・脚本・撮影・編集:ペーター・ネストラー
脚本協力:ライナルト・シュネル
メトロノームとギターの響きに彩られたある都市の肖像映画。炭鉱で栄えた街ミュールハイムは次第に自動車産業労働者のベッドタウンへと変貌してゆく。カメラは街中をめぐり、目立った場所、酒場の賑わい、生活者の姿を収めてゆく。移り変わりゆく光景を詩的かつ弁証法的に捉えた記録映画の真髄といえる。
『ラインの流れ』Rheinstrom (1965)
13分/デジタル/日本語字幕
監督・撮影・編集:ペーター・ネストラー
ライン川をほとりで働く人々。ぶどう棚からの収穫でワインが醸成する。いくつもの輸送船が川を往来し、港で荷物を積み下ろしてゆく。労働者たちの日常、祭りを祝う人々の活気ある表情など、場所と人間のクロニクルを力強く描いた短編映画。詩的なナレーションが具体的な映像との間に絶妙な距離感を生み出してゆく。
『ギリシャについて』Von Griechenland (1966)
28分/デジタル/日本語字幕
監督・脚本・撮影・編集:ペーター・ネストラー
ギリシャの民衆の闘争について第二次大戦中から60年代までを追った叙事詩的な作品。全編がネストラー自身の力強いナレーションで語られ、人民の声は直接聞こえないことが記録映画として特殊な距離感を生み出している。初演時の映画評では「共産主義的な駄作」と酷評されたが、ジャン=マリー・ストローブは高く評価した。
『ルール地方にて』Im Ruhrgebiet (1967)
34分/デジタル/日本語字幕
監督:ペーター・ネストラー、ライナルト・シュネル
脚本・撮影:ペーター・ネストラー
ネストラーはスウェーデンのテレビ局に製作基盤を移し、ドイツのルール地方の生活を冷徹に記録した。そこにドイツの共産主義の歴史が交錯する。この映画から当事者の生の声が響き始める。ストローブ=ユイレの『妥協せざる人々(和解せず)』に比肩しうる戦後ドイツの荒廃と闘争の記録といえよう。
『外国人1 船と大砲』: Ausländer. Teil I. Schiffe und Kanonen(1976)
44分/デジタル/日本語字幕
監督・撮影・編集:ペーター・ネストラー
脚本:チョーカ・ネストラー、ペーター・ネストラー
スウェーデンテレビ局製作による4部作の第1部。ハンザ同盟時代にドイツやベルギーの労働者がスウェーデンの鉄鋼産業に雇われ、溶鉱炉や武器を製造していた歴史が語られ、それが現在の兵器産業に多くの外国人が従事している現実へとつながってゆく。シリーズは、「2.ジプシー」、「3.イラン人」「4.イラン人 続」と継続した。
『北の冠』Die Nordkalotte(1991)
90分/デジタル/日本語字幕
監督・脚本:ペーター・ネストラー
撮影:マンフレート・シュミット
スカンジナヴィア半島の北端一帯は「北の冠」と呼ばれ独自の植生を誇っていた。映画はこの地域の人々の文化を捉えてゆくが、その豊かな土壌は産業化の波によって次第に浸食され、1986年のチェルノブイリ原発事故で甚大な放射能汚染を被った。地球環境をめぐる普遍的な問いを投げかける本作はストローブ=ユイレに捧げられている。
『良き隣人の変節』Die Verwandlung des guten Nachbarn(2002)
84分/デジタル/日本語字幕
脚本・監督・製作:ペーター・ネストラー
撮影:ペーター・ネストラー、ライナー・コマース
1943年、15歳でポーランド東部のソビブル絶滅収容所に送られたトーマス・ブラットは、ソビブルの蜂起を体験して生き延びた53人のうちの一人である。彼は現在の収容所跡地を訪れる。その穏やかな口調にドラマ性はなくひたすら収容所の事実が明らかになる。クロード・ランズマンによる『ソビブル、1943年10月14日午後4時』(2001)の対極をなす作品。
『時の擁護(ストローブ=ユイレの記録)』Verteidigung der Zeit(2007)
27分/デジタル/日本語字幕
脚本・監督:ペーター・ネストラー
撮影:アーカイヴ映像、ライナー・コマース
ネストラーと親交のあった映画作家夫婦ジャン=マリ―・ストローブとダニエル・ユイレのユニークな作家性に迫ったドキュメンタリー。2004年ストックホルムでの登壇中の発言や、彼らの映画の抜粋と撮影風景、ペドロ・コスタの記録映画、様々な写真や絵画を組み合わせた芸術家とその芸術の考察を展開する。2006年に亡くなったユイレ最後の撮影現場の姿も見られる。
『空洞人』Die Hohlmenschen(2015)
5分/デジタル/日本語字幕
監督:ペーター・ネストラー
製作:キントップ、イスラエル・ドイツ文化センター
エトガー・ケレットの短編「空洞人」は体を失い声だけになった者の物語が朗読され、そこにネストラー自身によるスケッチ画とアルヴァン・ベルクの音楽をコラージュされて詩的な短編映画が生まれた。現在のところネストラー監督の最新作である。
特別上映
『アーノルト・シェーンベルクの《映画の一場面のための伴奏音楽》入門』Einleitung zu Arnold Schönberg “Begleitmusik zu einer Lichtspielszene Straub-Huillet(1972)
15分/ストローブ=ユイレ(テクスト朗読:ペーター・ネストラー)/デジタル/日本語字幕
監督・脚本:ジャン=マリー・ストローブ 編集:ダニエル・ユイレ、ジャンマリー・ストローブ 出演:ペーター・ネストラー
シェーンベルクの作曲した映画音楽を完成させる試み。ただし既存の音楽映画とは異なり、ユダヤ人としてのアイデンティティを語る自伝の朗読の中で演奏が始まり、ブレヒトによる反ファシズムのテクスト朗読、パリ・コミューンの死者の写真、ベトナム戦争の空爆映像などとコラージュされてゆく。
『ソビブル、1943年10月14日午後4時』Sobibor, 14 octobre 1943, 16 heures(2001)
102分/クロード・ランズマン/DCP/日本語字幕
監督:クロード・ランズマン 撮影:カロリーヌ・シャンプティエ
ナチス・ドイツによるホロコーストの全貌を関係者の証言のみで構成した「SHOAH ショア」を手がけたクロード・ランズマンによるドキュメンタリー作品。「SHOAH ショア」の後半で明らかとなった収容所でのユダヤ人400名による武装蜂起計画は、脱走者のうち生存者100人という過酷な逃亡劇だった。ガス室でのユダヤ人殺害が中止に追い込まれたソビブル収容所の様子など、16歳で収容所に連行されたイェフダ・レルネルの証言をもとに、ユダヤ人がただおとなしく殺されていったのではないという事実を明らかにする。
ペーター・ネストラー(Peter Nestler)
1937年6月1日、ドイツのフライブルクに生まれる。若くして様々な職業を経た後ミュンヘン芸術アカデミーで絵画を学ぶ。その傍ら映画やテレビ作品に俳優として出演する。
初監督作品は19612年の短編ドキュメンタリー『水門にて』。その後もテレビの俳優業で資金を稼ぎながらドキュメンタリーを撮り続ける。彼のスタイルは距離化された撮影映像に歴史的写真やイラストを交える詩的な手法が特徴的で、同時代の批評では理解されなかった。やがてドイツで委嘱を受ける道が閉ざされ、1966年末より母親の故国であるスウェーデンに移住した。スウェーデンの放送局で職を得て子供番組を担当するようになった。その間に歴史や社会に関わる批判的なドキュメンタリー作品を製作した。80年代後半より、再びドイツのテレビ局より依頼を受け、ナチ時代のユダヤ人の生きざま、南米のインディオを習俗や歴史、ハンガリーの芸術家など様々なテーマの作品を生み出している。
現在ネストラーはヨーロッパでもっとも重要なドキュメンタリー監督としてストックホルムに在住している。
主催:出町座、ヴュッター公園、同志社大学今出川校地学生支援課
共催:アテネ・フランセ文化センター、広島国際映画祭
後援:東京ドイツ文化センター
協力:映画美学校