監督:諏訪敦彦 Nobuhiro Suwa
1960年生まれ、広島県出身。東京造形大学デザイン学科在籍中から映画制作を行い、1985年、監督・制作・脚本・撮影を担当した短編映画「はなされるGANG」が、第8回ぴあフィルムフェスティバルに入選。テレビトキュメンタリーの演出も手がけ、1995年の作品「ハリウッドを駆けた怪優/異端の人・上山草人」は高く評価された。1997年、映画『2/デュオ』で長編映画監督デビューを果たす。シナリオなしの即興演出という独自の演出手法は、この頃から確立。1999年、『M/OTHER』で第52回カンヌ国際映画祭国際批評家連盟賞、第14回高崎映画祭最優秀作品賞、第54回毎日映画コンクール脚本賞を受賞。アラン・レネ監督の『二十四時間の情事』をリメイクした『HStory』、パリを舞台に日仏スタッフで制作した『不完全なふたり』、演技経験のない9歳の女の子を主人公にした『ユキとニナ』など、どれも「シナリオなし」で作られた実験的な制作方法が取り入れられている。2019年、フランスの伝説的俳優ジャン=ピエール・レオーを主演に迎えた『ライオンは今夜死ぬ』を発表した。東京藝術大学大学院映像研究科教授。
諏訪監督のコメント
広島から1300キロを超える旅の果てに故郷にたどり着いたハルは、偶然のように「風の電話」にめぐり合う。ゆっくりと電話ボックスに入り、ポツリポツリと亡き家族への思いを語り始めるハル。その言葉がやがて溢れる感情に満たされてゆく様を撮影しながら、私は不思議な感覚に囚われていた。今、私が撮影しているのはフィクションではない。ドキュメンタリーでもない。嘘か、真実かと問う必要すらない何かだ。これはなんだろう? 二度と訪れることのない「かけがえのない」瞬間を撮影しているという感覚。
せりふをすべて委ねたモトーラ世理奈の素晴らしい存在感と、創造力がそう思わせたのかもしれない。あるいは、旅の途中でハルが出会った人ひとりひとりが、演じる俳優たちのファンタスティックな演技によって優しく彼女を包み込み、「かけがえのない」出会いとしてハル=モトーラの記憶や身体に刻み込まれたからかもしれない。そして、もうひとつ大切なことに思い当たる。今、現実には存在しないハルの声を聞き、彼女の存在を丸ごと包み込んでいる「風の電話」。8年間そこに立ち尽くし、訪れる人々の溢れる想い、悔やみきれない後悔、言葉にならない言葉…それらが地層のように折り重なった大地の上で、今、ハルの祈りのような声を聞きながら、「風の電話」はハルをどこかに運んでいく、話すことで閉ざされていた彼女の中に温かいものがこみ上げていく。それは映画を超えた本当の出来事のように思えた。
撮影の最終日だった。前日までのどんよりした空は嘘のように晴れ渡り、しかし神の仕業のような突風が吹き荒れ、咲き乱れる花や木々を激しく揺らし、押し流される雲によって差し込む光は劇的に風景を変化させた。風はまるでハルの声を天に運ぶように「風の電話」の丘を吹き抜けたのだった。あれは、小さな映画の奇跡だったのではないだろうか。
2020年/日本/139分
配給:ブロードメディア・スタジオ
監督:諏訪敦彦
脚本:狗飼恭子、諏訪敦彦
企画・プロデュース:泉英次
プロデューサー:宮崎大、長澤佳也
撮影:灰原隆裕 照明:舟橋正生 録音・整音:山本タカアキ
美術:林チナ スタイリスト:宮本茉莉 ヘアメイク:寺沢ルミ
編集:佐藤崇 助監督:是安祐
音楽:世武裕子
出演:モトーラ世理奈、西島秀俊、西田敏行、三浦友和、渡辺真起子、山本未來、占部房子、池津祥子、石橋けい、篠原篤、別府康子