大都市ベルリンは古代バビロニアの栄華と滅亡に重ね合わされ
浮遊する空中都市ラピュタに例えられた。
歴史の激動の最前線とも呼べるこの街が体験してきた
破壊と再生、分断と統合、果てしない多様化を
いくつかの映画によって辿ってくみたい。
渋谷哲也(日本大学文理学部教授・ドイツ映画研究者/本特集企画者)
【上映プログラム】
【Aプロ】
ベルリン・アレクサンダープラッツ
Berlin Alexanderplatz
2020年/ドイツ/R15+/183分 © Sabine Hackenberg, Sommerhaus Filmproduktion
監督:ブルハン・クルバニ
脚本:マーティン・ベーンケ、ブルハン・クルバニ
原作:アルフレート・デーブリーン
出演:ウェルケット・ブンゲ、イェラ・ハーゼ、アルブレヒト・シュッヘ、アナベル・マンデン、ヨアヒム・クロルほか
1929年に出版された現代ドイツ文学の金字塔『ベルリン アレクサンダー広場』が、新進気鋭の難民二世クルバニ監督によって、愛・金・裏切りに翻弄される21世紀のギャングと娼婦たちの物語として生まれ変わった。現代社会が抱える貧困・人種・難民の問題をリアルに描きつつ、スタイリッシュな映像で息詰まるドラマが展開する。第70回ベルリン国際映画祭に正式出品・ドイツ映画賞で作品賞など4部門受賞ほか、国内外の映画祭を席捲している衝撃の一作。
アフリカからヨーロッパを目指していた不法移民のフランシスは、 船が嵐に遭遇した時に、もし無事に上陸できたなら今後は心を入れ替えて真面目に生きると誓う。その後ドイツへ辿り着くことができたフランシスだが、難民生活は過酷を極め、裏社会に生きる狡猾なドイツ人男性ラインホルトの手引きで犯罪に手を染めていく。そんな中、運命の女性ミーツェと出会ったフランシスは自分を取り巻く都会の罠に立ち向かおうとする。
【Bプロ】
時の翼にのって/ファラウェイ・ソー・クロース!
In Weiter Ferne, So Nah!
1993年/ドイツ/147分 © Wim Wenders Stiftung 2014
監督:ヴィム・ヴェンダース
出演:オットー・ザンダー、ピーター・フォーク、ナスターシャ・キンスキー、ホルスト・ブッフホルツ
ベルリンの壁崩壊後のドイツを舞台にヴィム・ヴェンダース監督が製作した『ベルリン・天使の詩』の続編。カンヌ映画祭審査員グランプリを受賞。
親友の天使ダミエルが地上に降りて人間となり、天上界に一人取り残された天使カシエル。あれから6年、東西が統一されたベルリンの街を見降ろし続けながら、人間の世界を人間の目で見たいという欲求を抱くようになる。そんなある日、彼はベランダから落下した少女ライザを救ったことで思いがけず人間になってしまう。念願の人間界に降り立ったカシエルだが、堕天使エミットに誘惑され、思いがけず悪事に手を染めるようになる。
【Cプロ】
一体何故この連中の映画を作るのか?
Wozu denn über diese Leute einen Film?
1980年/36分 ©Thomas Heise
監督:トーマス・ハイゼ
ハイゼ監督は東ドイツ出身だが、国営映画会社DEFAで活動をしなかった珍しいキャリアを持つ。本作は映画大学のドキュメンタリー課題制作として、ドイツ民主共和国首都ベルリンのプレンツラウアー・ベルク地区の若者たちを取材する。給水塔の周辺は不良の溜まり場となり軽犯罪が横行していた。ハイゼ監督はこのエリアで犯罪行為を続ける兄弟ノルベルトとベルントの自宅を訪れてカメラを向け、彼らの母や兄の恋人と共に日常生活と将来のイメージを語らせる。作品のタイトルは、ハイゼ監督が映画大学で企画提案をした際、企画に反対する教師に言われた一言である。ハイゼ監督は大学とその後も対立し、結局大学を去ることになる。
家
Das Haus
1984年/56分 ©Thomas Heise
監督:トーマス・ハイゼ
ハイゼ監督が東ドイツの現状を記録に残すためのアーカイヴ映像として委嘱された作品。ベルリン・アレクサンダー広場の中心地に位置する区役所。職業や生活苦の相談に人々が訪れる。ある華奢な女性に男性職員がライプツィヒの高学歴の学者と結婚しろと茶化すと彼女は決然と返答する。その印象的な台詞、“冗談でしょ。自分の人生は自分で決める”は字幕となって画面に挿入される。これはニュージャーマンシネマの大御所アレクサンダー・クルーゲの手法を彷彿とさせる。若者に型通りの提言をする大人の怠惰さ。結婚式場にはホーネッカー書記長の写真が貼られ、社会主義国家の普通の生活感が克明に捉えられた貴重な記録となっている。
人民警察
Volkspolizei
1985年/60分 ©Thomas Heise
監督:トーマス・ハイゼ
『家』同様に東ドイツのアーカイヴ映像として委嘱された作品。4月の復活祭を直前に控えたベルリンの人民警察内部を取材する映画。警官はコーヒーを飲みながらアイスホッケーや映画のラブシーンに見入っている。大人たちはルーティンの日々を送り、カメラの前で自己紹介する時だけは公僕としての信念を語る。体制反撥者として連行された若者の無気力な目が印象的だ。彼らに共通するのは現在も将来も見えない漠然とした不安なのか。映画のラストでは10代前半の男の子たちが将来の夢を尋ねられ、目を輝かせて人民警察で働きたいと語る。だがこの社会主義体制が映画撮影の4年後に消滅してしまうとは、このとき誰が予測しえただろうか。
【Dプロ】
伯林/大都会交響楽
Berlin-Die Sinfonie einer Grosstadt
1927年/63分
監督:ヴァルター・ルットマン
©film & kunst GmbH 映像提供:ゲーテ・インスティトゥート東京
サイレント映画黄金時代の最後に生み出されたドイツ映画の傑作。監督ルットマンは独自の実験的アニメーション映画で頭角を現し、その造形のリズム感のコンポジションを記録映画のスタイルに統合した。映画冒頭は抽象的なアニメーション図形から夜明けの水辺となり、やがてベルリンへ向かって疾走する列車の風景となる。それからは大都会の朝の目覚め、そして日中労働する人々、やがて夜の賑わいとなる一日の流れを字幕なしに映像のみで紹介してゆく。当時の社会主義的な批評では失業問題など都会の深層を捉えていないと批判されたが、むしろ可視化された表層にとどまる様式ゆえに本作の芸術性とドキュメンタリー的価値があるのではないか。
周縁で
Am Rand
1991年/24分
監督:トーマス・アルスラン
アルスラン監督がベルリン映画アカデミーで学んでいた時期に、ペーター・ネストラー監督を講師に迎えたドキュメンタリー講座で制作した短編作品。本作の音声は同窓生だったクリスティアン・ペッツォルトが担当している。壁が開いてまだ1年も経たないベルリンの壁跡地がどう変貌したかを様々な場所で捉えている。ベルリンという街の地理的中心が、完全な無人地帯という空白の場所になっている皮肉。周縁とは一体どこを指すのか?ストローブ=ユイレを思わせる手法ながら、アルスランのカメラは対象に政治的に斬り込む過激さを伴わない。
晴れた日
Der schöne Tag
2000年/74分
監督:トーマス・アルスラン
1980年代末からベルリンを撮り続けたトーマス・アルスラン監督が『兄弟』、『売人』に続いて発表した一本。主役デニスを演じたセルピル・トゥルハンは、後にドキュメンタリー映画監督としてデビュー。また本作出演後にルドルフ・トーメ監督作品にも重要な役として抜擢されている。物語は21歳のトルコ系移民2世のデニスのある一日の出来事である。彼女は俳優の卵として映画の吹き替えの仕事をしている。『夏物語』(エリック・ロメール)の録音の後、彼女は恋人ヤンに別れを告げる。その後、彼女は晴れたベルリンの街を歩き、映画のオーディションを受け、愛について思いを巡らせる。「彼女は街の現実の地理関係に従って移動する」(アルスラン)
企画:渋谷哲也(日本大学文理学部教授、ドイツ映画研究)、出町座
協力:ゲーテ・インスティトゥート東京、アテネ・フランセ文化センター、サニーフィルム、トーマス・ハイゼ、トーマス・アルスラン